『ある日、僕が死にました』の書評

ご無沙汰しています。って何度も書いていますが、本当にご無沙汰しております。COVID-19のパンデミックの影響で、定期的に参加していた勉強会もオンラインのみになり、飲んだり食べたりしながら顔を合わせる機会も激減してしまいましたね。

さて。私の近況はというと、コロナ禍でもやることはあまり変わらず、会社員をしながら(そういえば転職しました♪)、翻訳の仕事を続けています。今日は告知というか、6月18日に掲載されました書評をこちらでも共有しようと思います。生まれて初めて書いた拙い書評で(果たして書評と呼べるのかもわかりません)、めちゃくちゃ恥ずかしいのですが、せっかくなので。

「図書新聞」No.3547 掲載 イ・ギョンヘ『ある日、僕が死にました』(KADOKAWA)の書評

http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/index.php
「図書新聞」編集部の許可を得て、書評を投稿します。

ドラマチックな生き方と平凡な日常――次はあなたが自分の物語を語る番だとそっと背中を押してくれる、そんな優しさを感じた
ある日、僕が死にました
イ・ギョンヘ 著、小笠原藤子 訳
KADOKAWA
No.3547 ・ 2022年06月18日

■「ある日、僕が死にました」から始まる日記を遺して死んだ親友のジェジュン。ユミはこの日記を手がかりに、親友の死の謎と向き合う。二〇〇〇年代初頭、まだスマートフォンがない時代の中学生ふたりが主人公だ。転校生の少女ユミは、ややひねくれていて、先生にも目をつけられてしまう。そんなユミの唯一の友人、ジェジュンは、善良で親の言うことをよく聞く小柄な少年だ。ふたりはそれぞれ別の人に片想いをしていて、お互いにアドバイスをし合い、そしてふたりそろってフラれるというディープな親友関係だ。
 ある夏の夜、ジェジュンは友達に借りたバイクで事故死する。スピードを出しすぎたのだ。バイクには乗るなと言ったのに、どうして? あんなに慎重な彼がどうしてそんなにスピードを出したのか? わたしはジェジュンの親友なのに、どうしてわからないのか? 悲しみよりも怒りに似た感情を抱くユミだった。
 ジェジュンの死から二ヶ月ほど経って、彼の母親から日記を読むように頼まれるところからこの物語が始まる。日記の冒頭の一文が何を意味しているのか、重い気持ちで読み始めたユミは、ジェジュンの心の内を知ることになる。口ではもう吹っ切れたと言っていたのに、ユミに隠れて片想いの少女にずっと想いを寄せていたことや、両親との葛藤などが綴られていた。時にジェジュンの気持ちに寄り添い、時に怒り、時に悲しみながらも、ユミは徐々に死の真相に近づいていく。日記を読み終えると、ユミは、ジェジュンが死ぬ直前まで毎日を懸命に生きていたことを知る。そしてその死を「私にも起こりえる、明日起こるかもしれない日常」の一部とすることで、親友ジェジュンの死を乗り越えていく。
 本作の語り手であるユミは、韓国の社会においては異質な存在として描かれている。両親は小学校三年生の時に離婚し、母の再婚相手「新しいお父さん」とふたりの間にできたかわいい弟と四人で暮らしている。学校で唯一ミニスカートをはき、ピアスをして化粧もする。受験戦争が激しい韓国社会に生きながらも、塾に無理矢理行かされることもない。一方、ジェジュンは、典型的な韓国の中学生として描かれ、母親が願うからと毎日面白くもない塾に通い、無理解な父親に日記の中で反発する。片想いの相手も見た目がちょっといいだけの女の子。ユミが体験した「親友の突然の死」に比べれば、極めて平凡に生きた少年だ。しかも、異質な少女として登場するユミであっても、希有な経験をしたからといって、急に何かを悟ったり、生き方に深みが出たりしないのがこの物語の良いところだ。きっとユミは明日も学校に行き、いつもぼんやりしている先生を見つめ、親友の言葉を時折思い出す日常を送るはずだ。
 本作は二〇〇四年の出版以来、韓国で根強い人気を誇るという。大人にしてみれば、片想いなどドラマチックでもなんでもないし、親への反発や将来の夢や憧れなど思春期によくあることで済ませられる。だが、本作にはひとりの少年の心の声が日記という形で記され、彼の恋心や、両親とのぎくしゃくした関係が、情熱的に生きた証として克明に描かれている。一方で、異質な少女の視点を通じて、死とは日常の延長であり、かけがえのない親友の死を迎えても、明日は今日と何も変わらず、淡々とした日々が続いていくという現実が示される。少年は平凡なようでドラマチックに生きたし、少女は親友の死に強い衝撃を受けるが、その後の彼女を待ち受けているのは平凡な日常だ。
 あっけなく散った少年の情熱と、残された少女の平凡な日常。
 これが多くの人の共感を呼び、長く愛されている所以ではないだろうか。
 本作の人気は意外な所にも現れている。世界的な人気を誇るK‐POPバンド、BTS(防弾少年団)のリーダーRMは、本作をモチーフに「Always」という楽曲の作詞作曲をしたのではないかとファンの間で話題になったそうだ。確かに歌詞の一部に本作を感じさせるものがある。おそらくRMは、たとえ平凡に見えたとしても、語るに値しない物語などないと考えているのだろう。二〇一八年に国連で行ったスピーチでも、ひとりひとりの物語は些細で平凡なものかもしれないが、それを語ることで自分を好きになり、他人を愛せるようになると訴えた。本作も同じだ。読み終わって本を閉じるとき、次はあなたが自分の物語を語る番だとそっと背中を押してくれる、そんな優しさを感じた。

書店でも独立したコーナーができるほど人気が高まっている韓国文学ですが、本書も2004年に発表された韓国発の小説です。衝撃的なタイトルなので、とても重たい小説のように見えるかもしれませんが、女の子のテンポ良い語り口と、大人から見れば微笑ましいような、遠い青春を思い出して赤面してしまうようなエピソードも多く、爽快感を感じました。

防弾少年団(BTS)のファンの方、特にリーダーのRMファンの方も読んでみてくださいね!